東海・中部・北陸地方 日本で起きた地震

飛越地震

1858年4月9日(安政5年2月26日)の14時ごろにM7.0~M7.1、最大震度7(推定)の飛越地震が岐阜と富山県境付近の浅いところで発生しました。内陸地震で跡津川断層が活動したことが原因だと考えられています。この地震による死者数は426人、負傷者数は646人です。

 

飛越地震の概要

飛越地震で震源付近で震度6~7に相当する強い揺れがあったとされていますがこの数値についてはあくまで推定のものです。はっきりと分かっているのはその震源の深さが浅く沿岸沿いの内陸地震であったということです。

飛越地震による被害

この地震では飛騨北部と越中で被害が大きく全体での死者数426人、負傷者646人、家屋の全半壊または流失2190などの被害を出しました。家屋の全壊率が50%以上の村は跡津川断層沿いに分布しており中沢上・森安では全壊率が100%となっています。

飛騨の高原・小島・小鷹利・白川および照蓮寺領では人口8456人のうち死者203人、負傷者45人となり、戸数1227のうち家屋の全壊は323、半壊は377に達しました。このほか富山県・石川県・福井県の一部で家屋の倒壊や破損、地割れなどの被害が生じました。

この地震では多くの山崩れが発生し川をせき止めたことによる洪水被害なども多く記録されています。常願寺川の上流で湯川をせき止め大きな池をつくったり、真川の谷でも山崩れが川をふさぎ長さ8㎞にわたって水を溜めました。

地震から12日後の3月10日には信濃大町付近で発生したM5.7の地震が引き金となって湯川が決壊し泥水や大木が村々へ流出し洪水被害が拡大しました。

さらに45日後の4月26日には真川が決壊し泥水が神通川に押し流され再び洪水を引き起こし金沢領の148ヶ所で溺死140人家屋流失倒壊1612などの大きな被害が発生しています。

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