東海・中部・北陸地方 日本で起きた地震

東南海地震

1944年(昭和19年)12月7日13時35分に熊野灘から遠州灘にいたる海域でのフィリピンプレートの沈み込みに伴い深さ40㎞、地震の規模を示すマグニチュードM7.9、最大震度6の海溝型地震である東南海地震を引き起こしました。

この東南海地震による死者数は1,233人、負傷者数2,971人です。

 

東南海地震の概要

三重県の津市や静岡県の御前崎町で震度6が観測されました。津波は伊豆半島から紀伊半島の間を襲い、波高は熊野灘沿岸で6~8m、伊勢湾で1m内外、遠州灘沿岸で1~2m、伊豆下田で2.1mでした。

津波は太平洋を横断してハワイやカリフォルニアにも到達し10~30㎝の津波が観測されました。またこの地震に伴い紀伊半島東部の海岸は30㎝~40センチ沈降し、逆に駿河湾西岸から遠州灘沿岸にかけて最大15㎝の隆起が発生したとされています。

この東南海地震が発生する直前には掛川付近で実施されていた水準測量によって2日前から始まる異常な地盤隆起が見つけられており、有力な前兆現象とされています。また、最大の余震は本震から4日後の12月12日に発生したM6.4の地震でした。

東南海地震による被害

東南海地震による被害は静岡・愛知・岐阜・三重の各県で多く、滋賀/奈良/和歌山/大阪/兵庫で小規模な被害がありました。震源からの距離に関係なく沖積地や埋立地など軟弱地盤での被害が多く名古屋市では住家の全壊が1,024、半壊5,820に達し建物の基礎が不均等に沈み込む不同沈下による工場被害が発生しました。

静岡県の太田川流域では家屋の被害率が高く南御厨村や今井村では100%近くとなっています。道路や鉄道に大きな被害を生じました。この地盤沈下による被害は長野県の一部でも発生しています。

津波は地震発生の5~15分後に紀伊半島の南東海岸に到達しましたが、これによる被害は三重県・和歌山県に集中し尾鷲・錦・吉津などの町村で大きな被害を生じました。

この東南海地震は戦時下で発生しており被害に関する資料は黙秘とされ被害報道も厳しく統制されています。文献によってこの地震の被害実数は異なりますが死者数1,223人、負傷者2,971人、住家全壊16,455、半壊36,590、流失2,912、浸水家屋12,156となっています。

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