近畿地方 日本で起きた地震

慶長伏見地震

1596年9月5日0時頃、大阪平野付近の浅いところで発生した1500人余の死者を出すこととなった内陸型地震の慶長伏見地震の最大震度は推定6、地震の規模を示すマグニチュードはM7 2分の1とされています。

この地震は有馬~高槻断層帯および六甲・淡路島断層帯が活動したものだと考えられています。

 

慶長伏見地震の概要

この慶長伏見地震により京都から淡路島にかけて震度6程度の揺れを感じたと推定されています。1596年に発生した慶長伏見地震による余震は翌年の1597年まで続いたようです。

慶長伏見地震による被害

この地震では京都三条から伏見に至る間でもっとも被害が大きかったとされ伏見城では天守閣が大破し、石垣が崩れたことによって身分が高かった奥女中73人と下女500人余りが圧死しました。

城にいた豊臣秀吉は逃げ切り命拾いをし、謹慎中であった加藤清正が身を案じて駆け付けたとして有名な「地震加藤」はこの地震が基になっています。京都では東寺/天龍寺/大覚寺/二尊院が倒壊し多くの民家が全壊したことによって多くの死傷者を出しました。

堺では600人余の死者数となっており大きな被害が生じています。高野山では大塔の九輪の四方の鎖が地震の揺れで切れ、奈良では唐招提寺/法華寺/海竜王寺/興福寺などが破壊したほか各地で寺社の被害や民家の倒壊が記録されています。

兵庫でも一軒残らず民家が倒壊し出火、その被害は近江/鳴門/高松/三原/島根などにも及んでいます。この地震による死者数は全体で1500人余であったと推定されています。また大阪狭山ではこの地震が原因で液状化現象が発生し堤体の池の内側へのせり出しが見つかっています。

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