中国・四国地方 日本で起きた地震

浜田地震

1872年(明治5年2月6日)3月14日17時頃、島根県浜田市付近の浅いところで浜田地震という内陸地震が発生しました。この地震の最大震度は推定6、地震の規模を示すマグニチュードはM7.1、死者552人、負傷者585人という被害を生じています。

 

浜田地震の概要

浜田地震では震源付近が震度6相当の揺れとなりました。またこの地震によって震源付近沿岸部では1~2mの隆起や沈降が確認されています。また海岸付近では海水の変動が見られ内陸地震でありながらも小規模な津波があったものと考えられます。

この地震では多くの前兆現象が現れたとされています。

約1週間前から大地が低い音を出す鳴動が聞こえ、当日には午前11時頃に小さな前震があり、本震の約1時間前には大きな前震がありました。

本震の8分前にも微震があり、この浜田地震が起きる5分前~10分前には海水が引き、浜田では2.1m~2.4m海水面が下がって約330m沖にある鶴島まで海底が露出し歩いて行けるようになったと記録されています。

また、五十猛村では2.4m、長浜村では1m前後海水が引き、逆に山口県見島では約1.2m海水面が高くなりました。なお余震は半年以上続いたようです。

浜田地震による被害

浜田地震では石見東部でもっとも被害が大きく、全体での死者552人、負傷者585人、家屋全壊4,527などを生じました。

山崩れも多く、邇摩郡では33戸が埋没する被害があったほか、広島県中野村(現在の芸北町)では延長500m以上の亀裂が生じ住家や土蔵の半壊15、橋梁の落下2を生じました。

さらに、福山・三原・赤間関など広島県内の各地で小被害があり、家屋倒壊も見られたものの被害率は1%未満で大きな被害はありませんでした。遠方では福岡県久留米村付近で液状化現象による被害が報告されています。

-中国・四国地方, 日本で起きた地震