中国・四国地方 日本で起きた地震

南海地震

1946年(昭和21年)12月21日4時19分に四国沖から紀伊半島にかけての海域におけるフィリピン海プレートの沈み込みによる海溝型地震が発生しました。

この地震波南海地震と命名され死者1,330人、行方不明者113人、負傷者3,842という大きな被害を出しています。この南海地震は深さ24㎞、最大震度5、地震の規模を示すマグニチュードはM8.0でした。

 

南海地震の概要

南海地震波1944年東南海地震の2年後に発生し、潮岬・尾鷲市・徳島市・高知市・津市・彦根市などで震度5が観測されました。地震を感じた有感範囲は東北地方南部から九州全域にまで及んでいます。

津波は房総半島から九州に至る沿岸を襲い、波高は紀伊半島南端の袋で6.9m、三重・徳島・高知の沿岸で4~6mに立脚、ハワイやカリフォルニアでも高さ7~25センチの津波が観測されています。

この地震に伴い、室戸岬は1.27m、潮岬は70㎝、足摺岬は60㎝隆起し、逆に高知・須崎では1.2m沈降しました。この南海地震による最大の余震は約1年後の1948年4月18日に発生したM7.0の地震です。

南海地震による被害

南海地震による被害は中部地方から九州にまで及んでいます。全体での死者は1,330人、行方不明者113人、負傷者3,842人、住家全壊11,591、半壊23,487、焼失2598となっています。

地震による被害は四国の太平洋、吉野川の流域、瀬戸内海沿岸、九州の国東半島・別府湾の沿岸、出雲地方、大阪湾沿岸、伊勢湾沿岸、岐阜地方に多く被害がもっとも大きかった高知県中村町では火災も加わり全世帯2,177に対し、死者273人、負傷者3,358人、家屋全壊2,421、半壊773、全焼63に達しています。なお火災による焼失棟数は和歌山県で2,399峰、高知県で196棟を数えています。

家屋倒壊は紀伊半島の沿岸部で少なく、徳島・高知・岡山の各県および淡路島の南部で多かったようです。被害はさらに瀬戸内海沿岸や出雲地方に及びました。家屋被害の原因として液状化現象によって基礎が不均等に沈む不同沈下が注目されることとなりました。

地震による被害よりも津波による被害の方が大きく、田辺市の旧新庄村では全戸数630棟のうち79棟が流失、津波にいよる全壊50棟、死者26人を生じさせたのに対して、地震による倒壊は2~3件の古い家屋だけでした。

流失家屋は高知県で566棟、徳島県で536棟、和歌山県で325棟に達しています。この南海地震の地殻変動によって高知・須崎・宿毛の各地を合わせて約15㎡の田が海面下に沈みました。

さらに瀬戸内海沿岸では地震後数年にわたって地盤が最大30㎝沈下し海水の流入による被害を受けています。

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