日本で起きた地震 九州・沖縄地方

雲仙岳の地震

1792年5月21日の19時頃に雲仙岳の火山活動に伴う地震が発生し、地震の規模を示すマグニチュードはM6.4となっています。この地震では死者15,000人という大きな被害を出しています。

 

雲仙岳の地震の概要

前年の1791年の10月頃から始まった地震が11月10日頃から強くなり、1792年の1月8日に自信と共に普賢岳が噴火しました。そして2月にはさらに数ヶ所から噴火が始まり3月には地震が繰り返す中で4月1日の18時頃に2回の大地震が発生しました。

この地震によって眉山が崩壊し崩れた土砂によって有明海海岸に高さ約9mの津波が発生しています。

雲仙岳の地震による被害

前年に発生した地震によって現在の眉山である前山で土砂崩れ、小浜で山崩れがあり2人が死亡しました。2月6日には三会村の穴迫谷で噴火が起こり、噴出した溶岩は杉谷村千本木にいたりました。

3月1日から2日にかけての激しい群発地震では普賢岳・前山から岩石・砂利などが崩れ落ち場内では地割れなどとともに家屋全壊23、半壊34、死者2人の被害を出しました。

また3月8日夜半には前山の南東斜面で幅360m、長さ330mの地滑りが発生しています。4月1日の地震では前山の東部が崩れて大量の崩土が島原湾に入り津波を引き起こしました。

このため山体は最大400m低くなり海岸線は700~800m前進して陸に小山をつくるとともに、海中では多数の小島が生まれました。この山崩れと津波によって島原領では多くの死者を出しましたが地震による被害は少なく、瓦や塀に少しばかりの被害を出した程度でした。

一方、津波は波高約9mにまで達し島原半島の沿岸、および対岸の天草・肥後および鍋島領の諫早。神代を襲いました。

この山崩れと津波により島原領では死者10,139人、肥後の飽田郡・宇土郡・玉名郡では約5,000人の死者を生じこの災害は「島原大変肥後迷惑」と呼ばれるようになりました。

津波による死者は15,000人、家屋流失5,000以上を数えました。この災害は日本の火山災害の中で有史以来もっとも犠牲者の多かった災害です。

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